【高尾 煉瓦屋の酒盗】
酒盗というものを、とことんまで放っておいたら、どうなるものか。
あれは結局のところ、カツオだのマグロだのが、自分の内臓を自分で溶かしていく、妙な自滅のようなものである。
その「自己消化」とかいう、おだやかならぬ仕業をさらに進めると、酒盗はだんだん形を失って、最後には一滴の濁った液体、つまり「日本の魚醤」になるのだという。
はじめは、箸でつまめるくらいの意地っぱりな身が残っているのだが、時間が経つと、内臓の酵素とやらが容赦なく身を溶かしていく。
固かったものがドロリと崩れて、やがて潮風を煮詰めたような、妙に濃い液体になる。
味も、若い頃のツンとした塩辛さとは違う。
時間が角を取って、アミノ酸という底の深い旨味に変わり、秋田のしょっつるとか、能登のいしるとか、そういう、鼻の奥をくすぐるような、それでいてどこか怪しげな、強烈な匂いがしてくる。
かつて魚だったことも忘れたようなその一滴は、旨味というより、執念である。
それは、高尾の「煉瓦屋」で出されたという、不思議な「お湯」を思い出させる。
口に含むと、腰が抜けそうになる。
発酵という魔法で、全く別の、とんでもないものに変わっているのだ。
「これ、なんですか?」と聞いてみたくなるが、喉を通るのは、この世のものとは思えない、濃密な記憶の塊である。
酒盗が溶けきった一滴も、煉瓦屋のあの魔法と同じなのかもしれない。
2年間、ただひたすら寝かせた酒盗…今まで食べたことが無い、口にしたことの無い、最高の発酵の味…。
ありふれた食材が、発酵という時間を味方につけて、姿を捨てたあとに見せる、見事な逆転劇。
そこまで待つのも悪くはないが、そこまで付き合うには、こちらの肝も据わっていなくてはならない。
発酵を極めた味…。
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