
【銀ダラの西京焼き〜煉瓦屋日誌】
向田邦子さん風
『初夏の暑さを感じ始めた季節のあの日、煉瓦屋に母と訪れたことを思い出す。
京都の西京味噌の香りが店内に漂い、汗ばんだ額を引き締めるようだった。
「味というものは、ほんのりとした方がいいのよ」
母はいつも言っていた。
うなぎの蒲焼きも然り、銀ダラの西京焼きも然り。
主役を引き立てるのが脇役の務め。甘味が強すぎれば、魚、主役本来の味わいは霞んでしまう。
煉瓦屋の主人が語ってくれた。
"これから煉瓦屋の銀ダラの西京焼き京都から取り寄せた西京味噌をさらりとつけることにしました…"と。
その言葉に、どこか安堵したものだ。
料理の味付けと人間関係は似ている。
主張しすぎず、かといって存在感を消すわけでもなく。ほどよい距離感を保ちながら、互いを引き立てる関係。
明日も暑くなるという。春を過ぎた風に吹かれながら、また煉瓦屋の銀ダラを食べに行こうか。
あの塩加減と西京味噌の微かな繊細な甘みが、きっと初夏の疲れを癒してくれるだろう。
人は時に濃すぎる味に惹かれるが、長く付き合えるのは、どこか引きのある味なのかもしれない。』
煉瓦屋日誌〜銀ダラの西京焼き
8日前