45年間の暦

4月の終わり、4月29日に煉瓦屋は、創業45年目を迎えることになりました。

昭和の終わり、まだ世の中にバブルの気配が漂い始めた頃、私たちはこの小さな店を開きました。

まさか、平成を越え、令和の春まで、ここで暖簾を掲げ続けることになろうとは、そのときは思いもしなかったのです。

開業後、数年したら、空前のバブル景気がきました。

あの頃、煉瓦屋の前には、平日の昼にも行列ができ、電話はひっきりなしに鳴りました。

夜遅くまで、笑い声とビールグラスの音が絶えませんでした。

けれど、バブルがあっけなく弾けると、あの賑わいも、潮が引くように遠ざかり、高尾の町も、商店街も、少しずつ静かになっていきました。

そして、あの日。震災のニュースに、誰もが言葉を失ったことも、今でも忘れられません。

先日、女将が台所で大根を刻みながら、ふと包丁を置いて言いました。

「まさかねえ、こんなに長くやるなんて、思わなかったわ…」

その声には、驚きというより、嬉しさと苦笑いが滲んでいました。

けれどすぐに、少し照れくさそうに、こう続けました。

「でもね、お客様の顔や、孫たちのことを思うと、やっぱり、創業50年までは、頑張らないと…」

夕暮れの光に照らされた女将の横顔は、まるで赤く染まった煉瓦のように、あたたかでした。

煉瓦屋は、流行を追うような店ではありませんし、むしろ地味な店でしょう。

若い人たちが写真を撮りたくなるような、派手さもなく、インスタ映えもないでしょう。

ただ、黙々と。ただ、ひたむきに。お客様の笑顔を見たいがために、美味しいものを作ることだけを、45年間、続けてきた気がします。

せっかく、足を運んで、煉瓦屋に来ていただいたのだから、できるかぎりのことを、心からのありがとうございます、その気持ちを伝えたい、と。

市場で良い食材を見つけたら、仕入れ値を気にするより、まず手に取ります。

肉は、鹿児島の馴染みの生産者さんから、長年変わらず、取り寄せています。

「結局、いい素材を、手間を惜しまず、食材の美味しさを消さないように、まっすぐ料理するのが、一番」

そんな頑固なやり方しかできなかったのですが、今ではそれが、私たちの小さな誇りです。

これからも、高尾山の麓、高尾で、静かに灯をともしているこの小さな店を、どうぞよろしくお願いいたします。

もし、その店の前を通りかかったなら、立ち寄ってください。

高尾 煉瓦屋

4ヶ月前