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『土曜の夜 高尾 煉瓦屋』
AI作
私は一人、2人用の席でヒレかつ御膳を前にしている。揚げたてのとんかつから立ち上る湯気が、店内の賑やかな空気に溶けていく。
御膳には実に愛情のこもった小鉢が添えられている。
女将さんが丁寧に下処理したという大根の煮物は、出汁がしみ込んで、ほっとするような優しい味わい。酢の物は、きゅうりとわかめの歯ざわりが絶妙で、さっぱりとした柚子の酸味が口の中を清してくれる。
小鉢のお刺身は、その日の朝に仕入れたというマグロ、紋甲イカ、真蛸で、程よい透明感のある身が、醤油をつけなくても十分に旨みがある。
キャベツは、千切りの太さにもこだわりがあるのだろう。シャキシャキとした歯応えの中に、みずみずしい甘みが感じられる。
お味噌汁は天然出汁で信州味噌と三つ葉と柚子が、とんかつの油っぽさを程よく和らげてくれる。
向かいの四人掛けのテーブルには、中年の夫婦と中学生らしき男の子と女の子が座っている。「ここのとんかつは衣がサクサクしてるよね」と父親が言えば、「でも中はジューシーだよ」と母親が答える。
子供たちは食べることに夢中で、ときおり「熱っ!」と言いながらも、美味しそうに頬張っている。女の子は「お母さん、この大根の煮物、おばあちゃんの味みたい」と言って、母親は嬉しそうに微笑む。
その隣のテーブルには若い夫婦と幼い子供。子供は「とんかつ、手で食べていい?」とせがむが、母親は「だめよ、お箸で食べなさい」と諭す。
父親は黙って微笑んでいる。小さな手が、必死にお箸で酢の物をつまもうとする姿に、女将さんが目を細めている。
私は一人で食事をすることが好きだ。
誰にも気兼ねなく、好きな時間に、好きなものを、好きなペースで食べられる。
それは確かに贅沢な自由かもしれない。味噌汁の具を選り分けたり、キャベツの千切りを少しずつ箸で摘んだり、煮物を味わいながら、ゆっくりと自分だけの時間を過ごせる。
でも、時々思う。
家族と食卓を囲むということは、単に一緒に食事をするという以上の何かがあるのだろう、と。
ちょっとした会話、些細な言い合い、何気ない笑顔。それらが重なって、ある種の温かみが生まれる。
小鉢の味を褒め合ったり、お味噌汁の具の取り合いをしたり、そんな何気ないやりとりの中にこそ、家族の味というものが宿るのかもしれない。
私の目の前のとんかつは完璧な焼き加減で、衣はサクサクしている。
でも、時々、この完璧な一人の食事よりも、あちらの少し騒がしい食卓の方が、なんだか羨ましく思えてしまう。
そんなことを考えながら、私は黙々とキャベツをかじる。刻まれたキャベツの山は、一人分には少し多すぎるかもしれない。でも、この少し多すぎる優しさが、私の土曜の夜の贅沢なのかもしれない。
昭和55年創業
産地直送霧島産熟成豚肉と純粋黒豚とんかつと和食の専門店
高尾 煉瓦屋